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 法政二高吹奏楽部は、1952(昭和27)年7月に発足しました。この年は全国高等学校野球選手権大会(甲子園)に法政二高が初出場した年であります。神奈川大会の決勝戦はブラスバンドでの応援を、という当時の教頭先生からの依頼で、3年生だった渡邊國臣氏(元神奈川県吹奏楽連盟理事長、現吹奏楽連盟相談役)が中心となって、何とか13名をかき集めて練習し始めた、というのが吹奏楽部の発足となりました。メンバーは、合唱部の部員だったり体育連盟の部員だったりと、全くの未経験者ばかりでしたが、夏休み返上の猛特訓の成果で、わずか15日間ほどで「校歌」とマーチの一部が演奏できるように上達しました。
 一方、野球部も順調に決勝まで進み、湘南高校を相手に応援合戦を繰り広げ見事に栄冠を勝ち取ったのでした。その後も甲子園での応援に備え、さらに練習を重ねて新たな応援歌もレパートリーに加え甲子園に向かったのです。甲子園入りした吹奏楽部は、力一杯大きな音で「校歌」「応援歌」「マーチ」 (錨をあげての一部)を演奏し応援しました。野球は残念ながら1回戦で惜敗(0-1)しましたが、ラジオ放送を担当したアナウンサーは、「法政二高は吹奏楽団を中心とした都会風のすばらしい応援団を甲子園に送り込んできました。それは見事なものです。」と、誉め称えたそうです。現代の応援は吹奏楽団が中心的役割を担っていますが、当時、吹奏楽団の応援は珍しい光景だったようです。
 翌年には顧問に水谷大二郎先生―故人、指導者に萩原庸禎氏(元海軍軍楽隊指揮者ー故人)を迎え、部員も36名と大編成になりました。その後さらにス-ザフォンを2本加え、わずか3年ほどで60名編成に まで成長したのです(この当時の60名編成はすごい!もしかして日本一では?)。
 学校の入学式や卒
業式の学校行事、文化祭や体育祭などの生徒会行事での演奏はもちろんのこと、対外的にも昭和31年8月にNHKテレビ出演をはじめ、日比谷野外音楽堂での「第1次南極観測隊壮行会」演奏、昭和33年5月には、新装なった国立競技場で開催された「第3回アジア競技大会」でのエキシビジョン演奏、昭和34年には日本テレビ出演など、忙しい中にも意義深い活動の日々を送っていました(第一期黄金時代?)。
 その後、法政二高の教育方針の変更などがありしばらく低迷していた時期があったのですが、1974(昭和49)年に、佐々木巧先生が法政二高に赴任され、翌1975(昭和50)年から吹奏楽部顧問として指導されるようになりました。
 1987(昭和62)年8月には、法政二高創立50周年記念事業の一環として、オーストラリアへの演奏旅行を実施し、現地の高校との交流や公会堂での演奏、遊園地での屋外演奏会を行って来ました。当地の高校生との交歓・交流を深め、国際交流の貴重な経験を積みました。
 さらに、1998(平成10)年3月から4月にかけてドイツ・オーストリアへの演奏旅行に出かけ、大きな成果を得て帰国しました。ドイツ・マンハイムでの2回の演奏会をはじめ、ホームステイや各都市の観光などを通して、立派に国際交流の一翼を担ってきた、と自負しています。ザルツブルグでは広島の少年少女合唱団の方とお会いできましたし(モーツァルト広場で日本の歌を歌っていた)、ウィーンでは何と、横浜創英高校吹奏楽部の皆さんとバッタリ。世界は狭いなあ、とあらためて感じた次第です。
 翌1999(平成11)年9月にはドイツから、前年お世話になったマンハイム音楽院の「マンハイム・シンフォニック・ウィンド・オーケストラ」の皆さんが来日され、川崎市教育文化会館で法政二高とのジョイント・コンサートが行われました。その美しい「サウンド」に感嘆の声があがったものです。
 また、法政二高吹奏楽部は、他校とのジョイント・コンサートや、地域と密着したイヴェントも重視しています。東京の駒澤大学高校や東海大菅生高校、県内では県立元石川高校、横浜市立桜丘高校、東海大相模高校、川崎市内の桐光学園高校とのジョイント・コンサートを行ってきています。2004 (平成16)年3月には、千葉県習志野市立習志野高校とのジョイント・コンサートが実現し、大きな刺激を受けました。また、2005年3月30日、ミューザ川崎で第2回目の習志野高校ジョイント・コ
ンサートが、2006年3月31日には、川崎市教育文化会館にて19年ぶりの駒澤大学高校とのジョイント・コンサートが行われました。そして、地元の元住吉ブレーメン通り商店街の「クリスマスコンサート」(12月)や、武蔵小杉商店街の「桜祭り」(4月)における演奏、中原区主催による青少年吹奏楽コンサート(毎年11月3日)などで、地域の皆様方に喜ばれているようです。
 さて、定期演奏会ですが、第1回は1976(昭和51)年、同敷地内にあった二高と法政工業高校とが合併したのを機に、第1回と銘うって(以前にも演奏会は開かれていたようですが、詳細不明)、同年7月31日、神奈川県立音楽堂で開催されました。今年で第40回を迎えるに至りました。
 吹奏楽コンクールは、1975年より2014年まで佐々木先生が指揮さをされてきました。過去には県大会はもとより、旧関東大会、東関東大会にも多数出場し、実績を上げてきました。
 このようにして見てきますと、法政二高吹奏楽部は、昭和30年代前半は日本でも有数の吹奏楽団であり、西の◯◯◯、東の法政二高、と言われるほどの活躍を見せていたのでした。その後、一時期の低迷期は残念ですが、昭和50年代からの復活?で、現在では一定の社会的評価を得るまでになったようです。
 2015年度からは、中学と高校のそれぞれの吹奏楽部が一体化し、「法政二中高吹奏楽部」としての新たな歴史を刻み始めました。

 これまでの歴史と伝統の上に立ち、今後、さらに発展させていくよう、頑張っていこうと思っております。どうぞ皆さま、よろしくお願い申し上げます。